音楽経歴(バンド中心に)

プロフィール

小学生

きっかけは覚えてないですが、ヤマハ音楽教室でエレクトーンを習いました。幼稚園から小学校低学年までだったので本当に内容を覚えていません。成果としては、ちょっとだけ楽譜が読めるようになったのと、アンサンブルの喜びを知れたことでしょうか。
あと音楽が盛んな小学校だったので、合唱コンクールとは別に毎週一回音楽集会というのがあり、学年関係なく3〜4パートに分かれ、一ヶ月で一曲を仕上げるというのを6年間やらされました。それによって歌が好きになり、また理論は理解してませんでしたが、感覚的に「3度ハモリ」を覚えることができ、友人とアニメソングをハモったり遊んだりしていました。良い経験だったと思います。

中学生

合唱部員が数名しかいないのに、合唱コンクールの県や市で入賞常連という不思議な学校で、コンクールが近づくと音楽の先生の指名でメンバーが全校から選出され、それから猛特訓をしてコンクールに出るというスタイルでした。私も陸上部でしたがこのメンバーに入っていて楽しかったです。
あと、この頃はU2やスティングなどをよく聴いていたのですが、部活の先輩に勧められたヴァンヘイレンに衝撃を受けハードロックが、好きになりました。独特な曲の構成、hot for teacherや5150の不思議なイントロ、ゴリゴリに歪んでいるのにマイルドに感じるギターの音、PVは若干古さを感じつつも童顔のエディがニコニコ笑いながら楽しそうにギターを弾いていて、とても洗練された音楽だという印象を受けました。それまでハードロックというと、イカつい長髪の人達が叫びながらうるさい音を鳴らしているというネガティブな印象でしたが、バンドという形式で音楽を演奏できることを知り、自分もいつかバンドを組みたいと思うようになりました。

高校生

新入生歓迎会で軽音楽部の先輩たちがヨーロッパを演奏するのを見て、ますますバンドやりたい気持ちが強くなり、校舎から少し離れた軽音の部室に見学に行きました。しかし新入生が見学に来てるのに、だるそうな態度でおもむろにタバコを吸い始めたり、偉そうに上から目線で凄んできたりしたので嫌悪感を持ってしまい軽音はやめて、中学でもやっていた陸上部に入りました。
でも音楽もやりたかったので、ヤマハ音楽教室でギターを習うべく週1でできるバイトを探していたところ、親が格安のギター初心者セットを買ってくれる事になりました。ビルローレンスの姉妹ブランドのビルブラザーズというブランドの廉価ストラトでしたが、嬉しくて毎日磨いていました。

ヤマハでは先生から姿勢や運指をおそわり、1h近くクロマチック的な運指練習を命じられました。全然面白くないのですが、仕方なくやり続けてると、運指がスムースになったと褒められ、さらに練習熱が上がっていきました。あとはコードチェンジとか、メトロノームに合わせてカッティングのチャカチャカをひたすらやらされていました。地味すぎて今なら1日で辞めてしまうと思いますが、当時は毎週土曜日にギターを持って教室に行くだけで幸せでした。
あと、早く派手な曲が弾けるようになりたいと思っていたのですが、その先生の趣味なのか、高中正義さんの曲のフレーズとか渋い曲ばかりが課題曲として出されていたので、若干モヤモヤしていました。ただ1年で教室閉鎖となり自動的にやめることとなったのですが、ここでの基礎練習は今思えばすごく良かったと思います。

そのあと知り合いのつてで、学外の知り合いとハードロックのバンドを組んだのですが、私より遥かに上手いギタリストが居たので、私はベースをやることになってしまいました。ベースはずっと借りていました。

最初はバンドなら何でも良いからと参加しましたが、ベースでの参加にやはり納得できず、半年くらいで辞めることにしました。ただこのバンドの人達からは色んな刺激と影響を受けました。そのバンドのギタリストの影響もありバイトでお金を貯めてクレイマーのギターを買い、音作りも興味を持つようになり、エフェクターのパラメーターを色々試すことが楽しみになりました。

で、ギターをやるために校内でバンドを組みました。外部のバンドでベースになった経緯もあり、自身ではギター技術にコンプレックスがありましたが、校内では褒められることが多く、上手い人として見られていたと思います。習っていたからなのか不明ですが、当時は誰がうまいとか根拠のない噂が立ちやすく、私はその波に乗って噂先行で過剰評価されてたと思いますが、おかげで気分の良い高校生活を送れました。

またやりたい音楽もバンドメンバーの合意がないと出来ない難しさも感じました。ヴァンヘイレンなどはボーカルが見つからず成立しませんでした。結局、ボンジョヴィなど受けの良いロックに落ち着きました。

大学生

音楽サークルをいくつか見たのですが、大学生の演奏レベルの高さに驚きました。試し弾きをさせられて、「すごいじゃん!それだけ弾ければ余裕だよ」とか言ってくれますが、完全に上から目線なあたりがレベルの違いを痛感しました。綺麗な女性部員からも「すごーい、私のバンド入って!!」とか見え見えの勧誘手法を使ってきますが、あまりにレベルが高く一緒にできるレベルとは思えませんでした。
そのあとの懇親会で聞く音楽の話も難しく、「調」の話だけでなんかやたらと盛り上がってるし。。なんか思っていた大学生活とは違うと思い、ゆるいスポーツサークルでふらふらと過ごすことに決めました。

音楽の方は、高校の仲間とジュディマリのコピバンをたまにやる程度で過ごしてました。ジュディマリにクレイマーのギターは全く合わないですね。。大学生活が楽しくなってしまい、ギター自体もライブ直前しか弾かなくなってしまい腕はどんどん落ちていきました。しかしジュディマリのギターフレーズはかなり面白いですね。大人しくしてる部分が少なくて、ソロ以外もずっと主張し続けてるような。。よくこんなの考えつくなぁと感心します。

社会人

バンドをやらなくなり、ギターも弾かなくなり弟にあげてしまいました。それから10年以上ブランクがあり、仕事のストレスから、またギターが弾きたくなり、楽天で衝動的にフェンダーのストラトをポチって、1人でピロピロ弾くようになってました。高校の同級生と飲んでいてその話をしたら、急にバンドをやろうという話になり突然再開。90年代のバンドを適当にやってます。高校生の時の方が上手かったと思いますが、技術追求はあまりせずのんびり楽しんでやってます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました